自分とちゃんと向き合ってみた―筋トレと治療が教えてくれたこと―

私について

痩せたらOK、太ったらNG……

一見スリムに見える私の中には、太ることへの不安がいつももやもやと存在していました。

食事制限で痩せ、ストレスがかかると過食し、帳消しにするように全てを吐き出す――。

「太っていない自分」をギリギリで保ちながら、何気ない顔をして日常を送っていました。

でも、35歳を過ぎた頃。

ふと鏡に映った自分に違和感を覚えました。

「細いだけでは、何かが足りない――」

そんな思いが、筋トレへの第一歩につながっていったのです。

終わらない“細さ”の呪縛—繰り返していた制限とリバウンドのループ―

10代から繰り返してきた「食べては我慢、痩せては戻る」のループ。

それは20代を過ぎ、30代になっても、終わる気配はありませんでした。

食べないことで一時的に痩せても、その制限は続かない。

「これくらい良いよね」と手を出したお菓子は、やがて量が増え、

「こんなに食べたら吐かなきゃ」「吐くためにもっと食べなきゃ」と、また過食が始まる。

その後に来るのは、後悔と自己嫌悪。そしてまた制限へ――。

私はずっと、このパターンを繰り返していました。

私にとって“太ること”は、ただ体重が増えるという意味ではありませんでした。

「太ったら私には何も残らない」

「太った私は、きっとバカにされる」

心の奥で、そう本気で信じていたのです。

だからこそ、心も体も悲鳴を上げていても、私は“痩せている自分”にしがみついていました。

35歳を過ぎて感じた違和感―細いだけじゃ、魅力的じゃない―

35歳を過ぎたある日、鏡に映る自分の姿にふと違和感を覚えました。

「細いけれど……なんだか、みすぼらしい」

食べないことで得た体は、確かに細い。

けれど年齢を重ねる中で、胸のハリはなくなり、お尻も垂れていく。

極端な食事制限で、筋肉までも削がれてしまった体が、そこにありました。

「……これじゃ、綺麗な体型って言えないよね?」

ちょうどその頃、SNSでは「筋肉女子」が注目されていて、引き締まった体を堂々と見せる女性たちがとても輝いて見えました。

「私も、あんなふうになれたら……」

そんな憧れから、私は筋トレを始めることにしました。

初めてのダンベル。初めてのプロテイン。初めての“食べる”ダイエット。

すべてが新鮮で、どこかワクワクしている自分がいました。

“正しさ”を追い求めて ―数字にすがった体づくり―

「細いだけじゃきれいに見えない」と感じた私は、今度は“正しく”体をつくろうと考えるようになりました。

筋肉をつけるには、ただ食べないだけじゃダメ。

PFCバランスを意識し、たんぱく質は何グラム、脂質の種類はこれ、糖質も適度に摂って……。

私は数字や理論、科学的なアプローチにどんどんのめり込んでいきました。

体重、体脂肪率、摂取カロリー、消費カロリー――

すべての数値が、「私はちゃんとやれている」と証明してくれる気がして。

「適当にやっていたからダメだったんだ」

「今度こそ“正しく”やれば、自分を変えられるはず」

そんな思いは、過去の自分を否定しながら、私を突き動かしていきました。

心と向き合うということ ―初めての“治療”で見つけた感情―

筋トレを始め、食事を数字で管理し、うまくいっている――そう思っていた矢先。

また過食嘔吐が再発してしまいました。

「もう、こんなの嫌だ。ちゃんと治したい!」

そう思った私は、摂食障害に関する本を読み漁り、ネットで病院を探し、自分に合いそうなクリニックに意を決して予約しました。

優しそうなおじいちゃん先生に、これまでの状態を伝えると、こんな言葉が返ってきました。

「ネガティブな感情を感じないために、過食嘔吐を使っているんだよ」

「別の方法で気持ちを整理できるようになれば、症状は自然と消えていくよ」

最初は半信半疑でしたが、治療を受けて気づいたのは、

私は自分の中に起こるネガティブな感情(怒り、恥ずかしさ、寂しさ、無価値観など)を、無意識に「感じちゃダメ」と抑え込んでいたということでした。

ポジティブな感情はOK。ネガティブはNG。

そんなふうに、自分にルールを課していたのです。

治療中、先生に何度も問われた「それで、どう感じましたか?」という問いかけ。

最初は戸惑いましたが、自分の感情を認め、言葉にし、否定せずただ聞いてもらうことで、少しずつ体が温かくなっていくのを感じられるようになりました。

そして、もう一つ大きな気づきだったのが「アサーション」というコミュニケーション方法でした。

自分の思いを相手に伝えてもいい。

それはワガママでも自己中心的でもなく、「自分も、相手も大切にする伝え方」だということ。

私は、自分がいかに今まで「我慢」という方法しか知らずに生きてきたのかに気付きました。

治療ですべてが一気に変わったわけではありません。

でも、

  • 自分の心の声を聞いてあげること
  • ポジティブもネガティブも、すべての感情を認めること
  • 思いを人に伝えることは悪いことではないと知ること

そういった「自分を大切にすること」を、私は一歩ずつ学び始めたのです。


次回は、

「完璧な体と、満たされなかった心―ボディビル挑戦と、再燃した摂食障害―」

について書く予定です。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

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